兵庫県宝塚市〜秋田県能代市(2)「帰省旅行1994」

 復路です。

1994/5/6(金)
秋田県能代市(5:00)〜栃木県宇都宮市(19:00)
走行距離600km(約43km/h)

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 メモに残ってる、一日の走行距離で自己記録1位がこれ。600km。きれいなカーブを描いていますね(笑)。走行時間では自己記録2位だが、1位の「石川県輪島市曽々木(6:00)〜新潟県村上市(20:00)」は、禄剛崎公園でけっこう時間を使ったから、スクーターに乗っている実質的時間ではこちらが1位です。
 天気は、メモによると「小雨 パラパラ」とあります。最初、東北地方内陸を縦断する国道105号〜13号に乗って行こうかと考えていたのですが、天気を見て変更。奥羽山脈を早々と越えて太平洋側に出て、国道4号を南下しました。山脈のこちら側は天気が良く、結果的に正解だったと思います。
 距離があることはプランを立てた最初から分かっていましたから、どこにもよらず、たんたんと走りました。それにしても改めて、小さなスクーターでも、どこまでも走れるんだな。体さえ保てば……。(少し話が脱線するけど、この次の年にやっぱり長距離走ったんですが、一日走り終わったあと、咳をしたんです。そしたら、両手の、指先から肘の上あたりまでのホネがジィィンと痺れて、とても痛かったという経験をしています。それほど長距離走行は、体に負担をかけていたわけです。脱線終わり。)
 着衣に関しては『長袖シャツ、シャツ2枚、トレーナー、セーター、ジャンパー、カイロ2。パンツ、ズボン下、Gパン、カッパ』とあります。自分的に重装備です。実家のあたりでは、このころが桜の開花時期にあたります。
 宇都宮では、宇都宮セントラルホテルに宿泊。5600円。

15白石自画像.png 白石市にて。天気がいいです。ところで私の写真、水平線地平線が斜めになっているのが多数ありますが、とくに演出とか効果を狙った物ではなくて、たんにビデオカメラの設置が悪かっただけです。
 こんな方が、かえって臨場感があっていいかもしれませんね。

16宇都宮宿.png
 ビジネスホテル室内です。帰り道は寂しいです。いったい自分は、どこに帰るのでしょう? なんてね。

1994/5/7(土)
栃木県宇都宮市(6:00)〜岐阜県高山市(18:00)
走行距離410km(約34km/h)

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 上の地図、この縮尺でぎりぎり入ってます(笑)。端から端までです。
 またしても「日光」「奥日光」を経由。金精峠は残雪が綺麗でした。
 その後は野麦峠も越えたのですが、ここは風が強い、冷たいで、時間的にも夕暮れが迫っていて、なかなか、何て言うの? 寂寥感? そんな感じを受けました。
 高山ニューアルプスホテルに宿泊。5650円でした。高山市ではいかにも鄙びた蕎麦屋で食事。お店の外見に騙されましたね(笑)。私が玄関を出るタイミングで、その私の姿を見て判断して店に入店しようとしたカップルがいたのですが、よほど、「やめとけ」と言いたかったのですが、無言を通しました(笑)。私にとっても、彼らにとっても、それもこれも、一つの思い出。

17いろは坂に挑む.png これから「日光いろは坂」を登ろうとしているところ。スタート地点です。

18中禅寺湖.png
 登って、中禅寺湖湖畔から眺める遠景です。山の上には雪があります。

19男体山.png
 同じく中禅寺湖にて。正面は男体山です。春まだ浅し?

21山.png
 さてここはどこだろう? 野麦峠あたりの写真じゃなかろうか? 野麦峠は初だったのですが、今思い出してみるに、風の印象があります。それと、いかにも高山っぽい空の印象です。

1994/5/8(日)
岐阜県高山市(6:00)〜兵庫県宝塚市(15:00)
走行距離405km(約45km/h)

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 最終日です。例年のとおり、最終日は速度を上げて、あっさりと帰宅です。だらだらとしてると、寂しさ募って堪らなくなるからです。
 高松市を出た最初の内は寒くて、後に暑くなったようです。メモには、「5℃」間隔開けて、「アツイ」とあります。

22自画像.png 自己撮影は福井県の九頭竜湖あたり。そこで、

23焼きコーヒー.png 名物“焼きコーヒー”であります。(笑)

24海.png
 福井県の海。

 総走行距離は、2660kmでした。
 というわけで。
 ながながと無意味(笑)にアップした「帰省シリーズ」もこれでひとまず終了です。
 個人的には、このおかげで、多少はスキルアップできたイベントでありました。また、やりたいですね。
 今年、やろうかな?(笑)

 では……。







兵庫県宝塚市〜秋田県能代市(1)「帰省旅行1994」

 '91年、'92年ときて、'94年の「盆休帰省ツーリング」の紹介です。
 今回の一番の特徴は、5月に走ったということです。'92年同様、所持品として8mmビデオカメラ(て、ご存じ?)を持ってったんですが、今そのビデオを見ると、鼻ばかりすすっていましたよ。(笑)
 無茶苦茶寒かったんだなぁ……。
 以下の写真は、録画からキャプチャーしたものですが、アスペクト比が狂っていることを先に謝っておきます。画像左端の黒線も。私のパソコン環境と能力ではどうしようもできません。

 では、往路。

1994/5/1(日)
兵庫県宝塚市(5:30)〜石川県輪島市曽々木(17:30)
走行距離446km(単純に平均して約37km/h。以下同様)

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 今回はご覧の通り、いつものルートから大きく道草をくっています。石川県能登半島をぐるりと一周しようという道のりです。
 1日の前半は雨にたたれ、後半は濃霧にまみれています。当時のメモに、『さむい 15〜20℃』とありました。(キーにちっちゃい気温計をぶら下げていたんです。)
 この日は距離もそこそこあり、結局12時間走り続けです。もう3年目ですから、遠慮なしの無茶っぷりです。逆に言えば、(当時の)100ccスクーターでここまで楽勝でできたということでしょうか。トシを取った今だったら、どうだろう。しんどいでしょうかね……。

01自画像.png 自己撮りの写真。場所は能登半島の根本あたりだったと思います。記念撮影。ご覧の通り、防寒を兼ねた雨の装備です。ほんと寒かった。
 メモは着衣に関して『シャツ2、カイロ1、セーター、ジャンパー。パンツ、ズボン下、Gパン』とあります。こんなことメモに残すなんて、自分の事ながら、よほど寒かったんだなぁと思いますね。(笑)使い捨てカイロなんて物も使ってますよ。
 メモにはないけど、グローブも使用しています。念のため。
 右上に写っているのはミラーに被せたメットです。カメラをスクーターのシートの上に置いての撮影です。ちゃんと写っているか心配そうにこちらを見ていますね。

02焼き缶コーヒー.png
 同じ場所で。私こと、やおたかき名物の、“焼きコーヒー”です。(笑)うまいよ?(笑)

03看板.png ただの看板。現在位置をビデオに残しただけというもの。それにしても、もうね、カメラのレンズが汚れまくり。画像が醜くゆがんでしまって、残念なかぎりです。

04輪島手前自画像.png 2回目の自分撮影。もう少しで輪島市、という地点。寒い寒い。(笑)鼻ばかりすすっています。

05曽々木旅館室内.png
 曽々木の宿にて。ハイお疲れ様でした!(笑) この夜は風呂入って酒飲んで、寝ただけです。
 この曽々木海岸では窓岩ホテルに宿泊。13000円(当時・以下同)。ここはよかった。名物女将がいて、明るい雰囲気でした。お銚子を1本おまけしてもらいましたよ。「新鮮な海の幸と、家庭的な真心でおもてなし。」のコマーシャルはその通りです。(注。その当時の話です。)
 ところで地名の「曽々木」って、なんかおもしろい音の名前だね。由来とかありそうなかんじです。

1994/5/2(月)
石川県輪島市曽々木(6:00)〜新潟県村上市(20:00)
走行距離509km(約36km/h)

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 メモにきちんと残した、一日の走行距離では自己記録2位。走行時間では自己記録どうどう1位の、記録的な走りでした。当時の100cc2stキャブ仕様の小さなスクーターで、これくらいはできるという見本です。

 曽々木海岸の窓岩ホテル、そこの名物女将におにぎりを頂戴し(ありがとう!)、感謝の気持ちで出発です。
 この日も天気には恵まれず、『天気悪 キリ 小雨』というメモが残っています。服装に関しても、『シャツ3、カイロ4、セーター、ジャンパー。パンツ、ズボン下、Gパン』とあります。なにげに、前日よりもグレードアップしています。(笑)寒かった。(笑)
 地図を見ての通り、一日中海沿いの道を走っています。新潟市なんかも、わざわざ広い国道8号線に乗らず、狭い道でも海岸線に拘っています。これで天気がよかったら最高だったことでしょう。海は、なんでか、見飽きることがないですからね。

06ろくごう崎看板.png 曽々木を出発してまずは能登半島の先っぽを目ざしました。地名は、「禄剛崎(ろっこうさき、ろっこうざき)」。場所説明のためのビデオ撮影です。

07日本列島ここが中心.png
 同じく禄剛崎の公園にて。ここは、日本列島の中心らしいです。(笑)

08ろくごう崎灯台.png 同じく禄剛崎の灯台。なんか、印象的な建物です。今Wikipediaを調べたら、「一見して背が低く見えるが、向こう側は断崖絶壁である。海面から48mの高さから発する光は35km先まで届く。」とありました。断崖絶壁だったかどうか、もう記憶がありません……。

09ろくごう崎自画像.png 同じく禄剛崎で自己撮り。ビデオだからカメラと違って、このように動きのある画に切り取ることができるのが長所ですね。短所は、ビデオを見るのに時間が掛かることでしょうか。写真だったらすぐに全部見られますもんね。
 全体に禄剛崎、地の果て、という印象でした。日本にもこんな所があるんだ……。

10新潟市を越えて.png
 禄剛崎で枚数を使ってしまいました。(笑)反省。
 そういうわけで、写真は一気に飛んで、新潟市を少し越えたあたりです。コンビニにて。すっかり暗くなっています。宿に、遅くなる旨の連絡を入れた記憶があります。

11瀬波温泉宿のなか.png
 宿にて。やれやれお疲れ様……と思ったら、なんだいこれは、翌日の朝の写真だ。騙された。(笑)
 宿はホテル・ニュー大静(今は無くなった?)。13000円。しかし、今回は宿泊費がかかっているね。今現在(2010年)の私でも、これは身を切るような値段ですよ。贅沢しすぎです。

1994/5/3(火)
新潟県村上市(9:00)〜秋田県能代市(16:30)
走行距離290km(約39km/h)

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 今回も往路最終日は距離が短いので、朝も遅くに出発です。その他の宿泊客と同時間帯に宿を出て、ホテルの従業員らの「さようならまたのお越しを」の挨拶の中、スクーターを発進させましたよ。少し恥ずかしかったです。(笑)
 往路も終わりとなると、寂しいものです。メモには、天気に関して『ハレ』の記述しかありません。今回は真っすぐ実家を目ざし、あっさりと到着でした。

12どこか海.png 海の写真は、新潟県〜山形県のどこかだったと思います。

13どこかの海.png

14どこかの海.png
 ビデオからのキャプチャーだと、連続画像が取り放題です。
 スクーターの後ろに突き出ている黒い物は、テールボックスです。ここでいらん感想だけど、写真があると、記事を書くの楽でいいっすね(笑)。
 この年の往路は、こうしてみると、海沿いにこだわっていたんだな。ともかく、無事に実家に到着して、往路の終了です。



兵庫県宝塚市〜秋田県能代市(2)「帰省旅行1994」


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